Cosmic-ray Energy Spectrum 宇宙線エネルギースペクトル

みなさんがトピックや概念について話し合ったり考えたりすることができる箇所を示しています。

アクティビティの箇所を示しています。

IceTop(アイストップ)

IceTop(アイストップ)は、宇宙線を検出する検出器です。宇宙線が地球の大気と相互作用する時に、宇宙線によって生成される二次粒子の空気シャワーを観測します。そのデータから、宇宙線の構成、宇宙線の到来方向の分布、宇宙線の高エネルギースペクトルなどを調べることができます。

宇宙線には、電子、陽子、重い原子核などの粒子が含まれています。宇宙線の発生源はまだわかっていませんが、銀河系や銀河系外の粒子であると予想されています。宇宙線のエネルギースペクトルとは、その粒子がもつエネルギーごとに、どれほどの量が存在しているかを示す頻度の分布のことを指します。「IceTop」をはじめとする多くの検出器はエネルギーを測り、そのスペクトルを調べることを目的としています。銀河系の中で作られる宇宙線にくらべて、銀河系外を起源とする宇宙線は、エネルギーが高い傾向があると考えられているため、非常に高いエネルギーの宇宙線は、宇宙の彼方の情報をもたらす可能性のある、興味深い研究対象なのです。

宇宙線のエネルギースペクトルを正確に測定することで、銀河系起源から銀河系外起源への変化を調べることができ、それにより宇宙線源の性質をより深く知ることができます。

このIceCubeマスタークラスでは、皆さんに実際に宇宙線のスペクトルの測定を体験してもらおうと思います。研究者は、これからの手続きをコンピューターによる自動化などを通じて、効率的にそして再現性良く行いますが、物理のエッセンスは同じです。研究者の世界へようこそ。頑張っていきましょう。


 

宇宙線のフラックス

IceTopは、銀河系宇宙線から銀河系外宇宙線への移行領域である約100 TeV (図の105)から1 EeV (図の109)のエネルギー範囲内の宇宙線を検出します。ここで、図の縦軸に注目してみましょう。ちょっと難しい単位になっていますね。そこで、研究者が、どういう「ものさし」で、宇宙線の頻度を定義し、解釈しているのか理解するところから始めましょう。

ある実験αは検出器A(面積a[m2])を使って、そしてある別の実験βは検出器B(面積b [m2])を用いて宇宙線の数を測定しました。この場合、両者の測定結果を比較するためにはどうしたらよいでしょう?

当然、測定される宇宙線の量は、それぞれの面積に比例しますね。そこで、測定した粒子の数をそれに用いた面積で割った値、Nα/a, Nβ/bを使って、単位面積当たりにどれだけ来たか、を指標量とします。これで十分でしょうか?いいえ。まだまだ両者の 実験の依存性は捨てきれていません。それは測定した時間です。長い間データをとればとるほど、たくさん粒子は来ます。そこで、単位時間当たりにどれだけ粒子が来たか、ということで

F=N/(面積×時間)

という指標を使えば良さそうです。物理学者は、このような量を、「フラックス」と呼びます。日本語では流量とも言います。実は普段から、似たような量が用いられたりしています。それは天気予報でおなじみの降水量1 mm。これは、一時間あたりに、どれだけの高さだけ雨が溜まるか、という量です。単位面積A当たりに水がどれだけ(=体積V)通過するか、なので、

F=V/(A×hour)= (V/A)/hour = H/hour

ここで、体積/面積=高さHの関係を用いました。

これもフラックスの一種だったといえます。

ここで問題です。フラックスを用いるのが適切な物理量は、他にどのようなものがあるでしょうか?

もう一度縦軸の話に戻りましょう。cm2・sは納得してもらえたのではないでしょうか。しかし、まだ、不可解な記号が残っていますね。

もう少し頑張りましょう。通常フラックスというと、上で説明したような、単位面積×単位時間当たり、といった物理量を差します。しかし、天文学では、もう少し複雑な量を「フラックス」と呼んだりします。(何をフラックスと呼ぶかは、実は文脈によります。例えば、上で説明したような雨の場合、「水分子の数」ではなく、「体積がどれほど入ってきたか」を用いていましたよね。)

立体角とは?

検出器の中には、「指向性」をもつものがあります。感度に向きがあるということです。例えば、携帯電話のカメラを思い出してみてください。レンズが付いた向きしか撮影できないことはだれの目にもわかります。それでは、レンズのある面側のすべての映像が撮影できるかというと、どうでしょう?それも怪しいですね。まず、撮影できる角度が実際には限られています。また、次の一眼レフで星を撮った写真を見てみてください。周辺が暗くなっていることがわかります。映っている範囲ですら、検出器の感度は一様ではないのです。

このカメラのように、どれくらい広い範囲の向きから来た粒子を捉えることができるか、というのもまた、測定器の性能に依存して決まる量なのです。つまり、実験αと実験βは、まだ両実験の結果を対等に比較する指標を使っていない可能性がある、ということになります。

そこで三次元的な拡がりを表す量として立体角を定義します。その理解のヒントになるものは、今まで扱ってきた通常の角度の定義です。平面では、半径1の円周の長さと、開きの度合いを対応させて、radianを定義しました。これと同様に、半径1の球面の表面積と、中心からの拡がりを対応させて立体角を定義するのです。この定義を用いると、全方位の立体角は4πです。もしカメラが、向いている側すべてに感度があるのなら、それは2πという具合です。そんなに難しくはないと思います。この立体角はradianのように、物理的には次元を持たない量ですが、「立体角当たりの量と定義していますよ」、と伝えるためにステラジアン(sr)という記号を用いて表現します。

図は球面のうち、θ=30°の領域をくりぬいた図形です。球の中心を通り、このくりぬいた範囲を通過することのできる立体角は

2π(1-cosθ)~0.84 全方位4π~12.56の7%ほどしかないのですね。

ということで、粒子の到来する「程度」を対等に評価するために、さらに立体角で割った値

F=N/(面積×時間×立体角)

もまたフラックスということがあります。

スペクトルとその単位

ここから少し難しくなります。たまに聞く言葉かもしれませんが、先ほどから登場しているスペクトルとは何か知っていますか?もともと、スペクトルとは、様々な波長の重ね合わせである光を、その波長の成分ごとに分けたときの成分の強度分布を示していました。こういうスペクトルを分光スペクトルといいます。しかし、現在の物理学では、スペクトルは、もっといろいろな意味で用いられる言葉です。何かが混ざりあってできている物理量や情報を、注目している別の量ごとに分けた分布のことを指します。

エネルギースペクトルは、その代表例です。宇宙線は、その粒子が持つエネルギーごとに、生成のメカニズムや、反応の仕方、頻度、などなど、全く性質が異なってきます。そこで、そんな興味深い指標量は、一緒くたに扱うのでなく、そのエネルギーごとに分けてやり、到来の頻度を評価してやるのです。

上の図を見てみてください。平均値が0 cmとなる、何かの位置の分布だとしましょう。こういうふうに、物理量を、その成分ごとに区別してやって、頻度を縦軸にしたものを、ヒストグラムといいます。どちらも、分布の幅が1 cmになるようにして(実は全く同じデータをもとにして)作ったものです。しかし、ヒストグラムの様子が違いますね。どれほど細かく、ヒストグラムを区切ってやるかが違います。左のものは、10 cmを100個のマスに分けて、右のものは、20個のマスに分けて、それぞれ頻度を評価したものです。右は、大きい幅で数えていますから、1マスの「ヒット」は当然多くなります。これでは、両者の縦軸の大小を比べようがありませんね。そこで、縦軸を細工します。どちらも、「1 ㎝ あたり」としてしまいましょう。

つまり、左は、1マス0.1 ㎝、右は1マス0.5 ㎝なのでそれぞれその数字で割ります。

これで、ようやく、どちらも同じぐらいの値になりました。細かさに依存せず、両者を比較するためには、このように、単位長さ当たりにどれだけ「ヒット」したかが重要になるのです。

今回はイメージのつきやすい、長さを例にとって説明しましたが、粒子のエネルギーに関しても同様です。何か分布を持つ物理量があった時に、あるヒストグラムの「区切り」あたり、にどれほどの数があるか、という単位にするためには、その幅で割らないといけません。したがって、エネルギーごとに評価した粒子の数は、

F=エネルギーの幅に飛び込んだ粒子の数N / (面積×時間×立体角×エネルギーの幅)

とします。これを難しく表現するなら、微分という数学の表現を用いて、

dN /dE/(面積×時間×立体角) (*)

となるのですが、今回のマスタークラスにおいては、あまり重要なことではありません。

最後に、もう少しだけややこしくさせてください。これは、天文学の文化なのですが、粒子のフラックスを表すときに、粒子の数ではなく、そのエネルギー帯の粒子が運んでくるエネルギーの総量を表す次元に変えます。最終的にはエネルギーの次元になってほしいので、(*)× E2を用います。これは、本質というよりは、慣習による部分も大きいですから、いまは、ふーん、そんなものかと思っておいてください。

IceTopが測定しているもの

座学は終わりにして、いよいよ、実験の話に入っていきましょう。

IceTopは何を測定しているのでしょう?

まず、IceTopが何を見て、何を測定しているのかを見てみましょう。

下に2つの宇宙線のシャワーのシミュレーションがあります。

出典: https://web.iap.kit.edu/corsika/movies/Movies.htm

どちらも100 TeVの陽子が上空から降りそそいだものです。左のケースは、垂直のシャワーで、右のケースは、シャワーの軸が30度ずれています。

動画を見るとわかるように、それぞれの宇宙線のエアシャワーでは、100万個以上の粒子が地上に衝突しています。IceTopはその一番下で、生成された粒子のほんの一部を検出します。

垂直に入射した場合と、斜めに入射した場合で、地表で観測される時間の分布はどのように変わるでしょうか?

実際に、IceTopが検出した宇宙線のイベントのヒットタイミングを見てみましょう。

丸印の点灯は、IceTopの検出器が信号を検出したことを示しています。赤色は最初に粒子を検出した検出器を示し、緑や黄色はそれ以後に検出された検出器を示しています。各検出器で測定されたエネルギーの高さに応じて、その周りにある色のついた丸印のサイズを変えてあります。

宇宙線が来た方向を知るためには、どこに注目したらよいでしょうか?

ここでどのように信号を検出しているのか理解しておきましょう:IceTopは、宇宙線を直接見て信号を出しているのではありません。宇宙線が大気の空気と相互作用し、シャワーを作ります。このシャワーを構成している、電子、光子、ミューオン、荷電ハドロンが検出器を横切るときに発生する、チェレンコフ光を検出しているのです。チェレンコフ光は、波長の短い成分が強いという性質があります。そのため人間の目には青に見えます。

原子炉のなかで発生するチェレンコフ光の写真はこちら

IceTopで検出した信号から、到来する宇宙線のエネルギーを知るにはどうすればよいでしょうか?

ヒント:宇宙線が作るエアシャワーについては様々な研究がなされてきました。このシャワーの発展(=成長のこと)や、その観測のされかたは、シミュレーションを用いて調べることができます。このシミュレーションによると、シャワーの持つエネルギーと、元の宇宙線のエネルギーには強い相関があることが示されています。つまり、前者が元の宇宙線のエネルギーのよい推定量になるということですね。大雑把にいうと、高いエネルギーを持つ宇宙線は、たくさんの粒子を生成することができますから、そのぶん、地上のIceTopで観測される粒子の数も多くなるのです。

IceCubeマスタークラスが提供しているIceTopツールで、IceTopのイベントのいくつかを見ることができます。本物のイベントもあれば、シュミレーションのものもあります。どれが本物で、どれがシュミレーションかわかりますか?

本格的な解析を始めましょう

さて、先ほど見てもらったデータの解析を始めましょう。

まず、六つあるデータセットのうち、どれを用いるか分担を決めます。どれも同じ条件で測定したものですが、中身は違います。担当の指示を待ってください。

各宇宙線が到来して、検出が終わるまでの一連のプロセスを、研究者はイベントと呼びます。これからやることは、各イベントごとに、検出器が観測した信号強度から推定される、宇宙線の、①到来方向と、②エネルギーを推定することです。理論的な予想と、実際の観測がマッチするように、①や②を決めてやる作業のことを、フィッティングと呼びます。

フィットする手順を説明していきます。

好きなデータの色を1つ選んでクリックすると、上の図のようなIceTopツールの画面が開きます。

上の図のAのツールは、今注目している検出器のエリアを示しています。真ん中の が、シャワーの中心を示しています。シャワーの中心は、最も大きい信号が期待される部分です。しかし、真ん中だけを用いても、あまり精度の良いフィットはできないでしょう。そこで、フィットの基準となる領域として、シャワーの中心から125 mはなれた場所を青い線で表しています。

その下のBのツールは、宇宙線が入射した方向を表しています。zenithは下の図のθ、azimuthはΦです。

ここで、azimuthのは到来してきた向きを示しています

左図は円柱が、斜めに平面と交差した時の図です。交線が楕円になっているのがわかりますか?

Cのツールの縦軸は、 Aのツールの鎖線の位置における、ヒット時間を、横軸は中心からの距離を示しています。鎖線が宇宙線の向きに対して垂直になったときは、先頭の波面が同時に観測されますね。縦軸は、この同時性が満たされたときに0となるように調整されています。

Dのツールは観測された信号の強度を示しています。曲線は、125 mの位置における信号強度の理論曲線です。正しくフィットがされていたら、この線との合いがよくなるはずです。表示されているVEMは、信号強度の強さを表しています。

ちょっと大変ですが、30セットの測定をすべて終えたら、データを保存してください。

ヒント:フィットする際、小さいと大きいの「価値」は平等ではありません。大きいであればあるほど、大きな信号が観測されていることを示しています。大きな信号は信頼性が高い点であると言えますから、フィットするさいは、大きい点をより重視して合わせるのが、良い結果を出すコツです。

エネルギー較正と宇宙線フラックスのエネルギースペクトル

保存したファイルを見てみてください。最初の列が、信号の強度を示しています。次の列は、このエネルギーの宇宙線が来る頻度を示す量です。次のステップで用います。最後の列は、宇宙線のエネルギーを示しています。実際のデータでは、真のエネルギーはわかりませんから(これをこれから推定するのが目標です)0になっています。0より大きい数字になっているのがシミュレーションを示しています。シミュレーションなので、なんでも知っているわけですね。

それでは、あなたの解析結果を使って、まず検出器の較正を行います。

信号強度と、エネルギーの関係を求めてみましょう。

得られた結果をほかの人のものと比べてみましょう。

較正の結果を比べて、違いがあったはずです。この違いはどう扱ったらよいでしょうか?

次に、この較正曲線を使って実在のイベントのエネルギーを推定し、IceTopで宇宙線フラックスのエネルギースペクトルを得てみましょう。頻度とエネルギーの間の依存性は冪(べき)の関係でみると便利です。つまり、LogLogプロットを作ってみましょう。

ヒント:それぞれのイベントには、実際のデータの場合もシミュレーションの場合も、頻度の列があります。この数字は、このエネルギー領域内において、IceTop1日にどれほど粒子を検出するかを示しています。

この頻度は、最初に説明したように、検出器の性能を反映した値です。これを他の実験とも比較できるように、フラックスに焼き直しましょう。1つの色のデータセットをすべて使った場合、IceTopのデータの1/6日分=8.186 109 m2 srsだけ、検出器を宇宙に「曝した」ということになります。どのようにしたら、適切な縦軸にできるでしょうか?

最後に、IceCube Collaborationが発表した実際の論文と比べてみましょう(図13)。

さらに、全員の結果を統合して、統計量を増やしましょう。

おめでとうございます!2013年の8月に科学誌「Physical Review D」でIceCube Collaborationが 発表した特別な研究結果の再現に成功しました。

詳細:

IceCubeのホームページで、ぜひこの解析に関するニュースを読んでみてください。